盤州里海の会〜生物詩

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NPO法人

アサクサノリ復活計画〜アサクサノリって何?

※インフォメーション※2007/10/6・Up
2007年度から
アサクサノリ復活計画は五大力船LLPに移行いたしました。
3年間に渡り里海の会として趣旨に基づいて行っていたプロジェクトですが、多くの方が「食べたい」との要望が強くなり、LLP(有責任事業組合)を組織して多くの方に食べていただくように努力いたします。
■五大力船(ごだいりきせん)LLPホームページ http://godairikisen.konjiki.jp/
■2007年度アサクサノリ報告ブログ http://godairikibune.blog83.fc2.com/

チャレンジ2001年〜02年報告02年〜03年報告03年〜04年報告04年〜05年報告05年〜06年ブログ報告2006年〜07年報告ページチャレンジ!アサクサノリ復活計画 2006!ブログ



□ 浅草海苔ってなに?・・・江戸の時代に、江戸の海品川近辺で海苔養殖が始まり、紙漉(かみすき)にヒントを得て海苔を四角に(全形)薄く加工するようになりました。
 名前の由来は色々ありますが、東京の浅草門前市で売られた始めた事からの命名と思われます。その当時から1960年代までは東京湾から有明海まで養殖されているのは浅草海苔でした。
 私の指す浅草海苔は、【アサクサノリ】と言う原種の海苔です。

□ 現在は、ほぼ100%【スサビノリ】と言う原種の海苔です。
1965年それまでの天然種付けから、人工種付けが実施されると共に今は埋め立てられた干潟海域「千葉の奈良輪」と言う海で【ナラワスサビノリ】と言うスサビノリの品種が選抜されました。【ナラワスサビノリ】の特徴は、色が黒い!伸びがよい!病害に強い!と良い事ばかりですぐに全国に広まりました。それ以降【アサクサノリ】は養殖されないようになりました。

□ 【アサクサノリ】と言う原種は2000年の環境庁発行のレッドデータブックにて"絶滅危惧T類"と判断されました。アサクサノリの生育地である内湾などの河口に広がる干潟が減少したのがその主な原因と考えられます。また、【アサクサノリ】の特徴は、色が赤め、海苔が柔らかい、病害に弱い等で、養殖にはあまり適さないと考えられています。海苔は黒くて艶があるモノが高級品とされ高値で取り引きされます。そのような理由から【ナラワスサビノリ】になり、【アサクサノリ】は養殖されなくなったのです。
 みなさんの知らないうちに海苔は変わっていったのです。こうして生育地も減少、養殖にも使用されなくなり、アサクサノリは絶滅の危機に瀕するまでに減ってしまいました。現在【アサクサノリ】の生育が確認されている海域は数少ないです。群生しているわけでなく、かろうじて確認されている海です。数年後には絶滅の可能性も大きいのです。

□ 【アサクサノリ】は環境の変化と共に絶滅に近づきます。江戸時代は東京湾の千葉富津海岸から東京海岸〜神奈川羽田海岸に掛けて全面遠浅でアサクサノリが生息できる干潟の岸には葦がはえ、河川からは森林の栄養豊かな水が流れ生き生きと群生していたのでしょう!防波堤、工場建設による埋め立て開発により、ほとんどの干潟が消えて無くなりました。
東京湾内では、三番瀬、盤洲干潟、富津干潟等を残すのみです。中でも盤洲干潟小櫃川河口は江戸時代と変わらぬ海域を残しています。
その盤洲干潟にて江戸前の海に【アサクサノリ】復活を試みています。

アサクサノリ復活計画〜チャレンジ
□ なぜアサクサノリの復活を試みようとしたか?・・・絶滅種の保存・再生と言う部分も有りますが、一言 『食べてみたい』それが一番強いのです。

□ 江戸の昔から食べられていた江戸前の浅草海苔を食べたいと思いませんか??
最近よく聞く言葉が、『昔のような薫りのよい味の濃い海苔が食べたい!!』・・・です。
正直、今日本で生産されている海苔の中では味、薫りは盤洲の海苔は指折りだとは思っているのですが・・
それでも納得できないのです。
おいしさの条件は加工時の海苔の切断の大きさ、天日干しによるビタミンの化学反応等もあるのですが、一番の違いはアサクサノリとスサビノリの違いです。天日干しは『里海の村つくり』でアサクサノリ同様にチャレンジ予定です。

2001年〜02年報告
1年目は個人でチャレンジを始めました。経過は→第二きんのり丸〔アサクサノリ復活コンテンツ〕にて


□ 千葉勝浦の『海の博物館』研究員の菊地 則雄氏からアサクサノリのフリー糸状体『熊本河浦町採取種』を譲り受けました。
□ 2001年2月15日フリー糸状体を貝殻に蒔きつけ、平面式にて糸状体培養開始。
□ 2001年7月 順調に育つ。
□ 2001年8月 猛暑にて殻胞子形成後の管理不足で殻胞子死滅にて失敗。
□ 総括:この時点での失敗は糸状体培養の甘さでした。スサビノリ培養に慣れで、アサクサノリも同様に考えていた時点で失敗でした。 


2002年〜03年報告
2年目も個人でチャレンジを継続しました。経過は→第二きんのり丸〔アサクサノリ復活コンテンツ〕にて


□ 今年も菊地則雄氏からアサクサノリのフリー糸状体『熊本河浦町採取種』を譲り受けました。
□ 2002年3月 昨年の失敗を踏まえて、『財』千葉県水産振興公社 富津事業所』に糸状体培養を委託しました。
□ 2002年9月 アサクサノリの胞子放出が確認後に採苗開始。
□ 2002年9月 網72枚に胞子着生(100倍視野にて10〜30ヶ)確認後、支柱柵へと展開し育苗開始。
□ 2002年10月 葉体長5mm程度、肉眼視にて生育確認。
□ 2002年10月 水温横ばいにて海況悪化・・・芽脱落。
□ 2002年12月 その後も生育ならず、失敗と判断し網をすべて撤去。
□ 総括:10月の水温横ばいにてスサビノリも大打撃を受けたのですが、それよりも弱いアサクサノリはいち早く生育に反応して芽の脱落をおこしました。採苗後、肉眼で海苔芽を確認できたのは収穫ですが、その後の育て方、使用したアサクサノリの原産地が東京湾でないことなどに問題が有ることも考えらました。


2003年〜04年報告
3年目も個人でチャレンジを継続しました。経過は→第二きんのり丸〔アサクサノリ復活コンテンツ〕にて
□ 2003年6月 佐賀県芦刈『佐賀有明あさくさのり研究会』に育て方について勉強に行く。


□ 2003年4〜8月 昭和20〜30年代にアサクサノリを育てていた地元老漁師に育て方、管理について聞取り調査。
□ 総括:『佐賀有明あさくさのり研究会』に伺って勉強になりました。ここでは10年の歳月を費やし、アサクサノリを復活させ、ブランド化しビジネス展開してきました。会の基本方針は、(佐賀有明の支柱漁場を守る)(純粋なあさくさのり(品種)を養殖して、のり本来の育て方と味を追及する)今後、佐賀と千葉の協力体制を約束。
地元では、70歳代のアサクサノリの養殖を体験する数名の老漁師に、盤洲の浜に合う育て方を教わる。

2004年〜05年報告
4年目からNPO法人盤州里海の会設立発起人6名でチャレンジを開始しました。そして遂に一人が復活に成功する。


□ 2004年1月 熊本天草にアサクサノリ自然種採取に行く。【報告ページ

□ 2004年1月 採取したアサクサノリを原藻から糸状体培養(500枚)開始
□ 2004年2月 多摩川河口にアマノリ調査。【報告ページ


□ 2004年2月 『佐賀有明あさくさのり研究会』からのアサクサノリ(天草採取後フリー糸状体保存種)と福島松川浦採取のアサクサノリ(菊地氏採取種)2種を『たから製網』に糸状体培養を委託しました。
□ 経過報告:今年はここ3年の失敗を踏まえて、3種類のアサクサノリを試験します。
1:熊本天草から採取したアサクサノリ。
2:有明海で成功している『佐賀有明あさくさのり研究会』からのアサクサノリ
3:初めての北から南に『福島松川浦』のアサクサノリ
これらを、里海の会設立メンバー6人程度で試験します。その後も『盤洲からの経歴を持つアサクサノリも現存する』と言う情報も入りました。今後も調査・試験を続け、ここ江戸前の海東京湾で、日本一究極の美味しい海苔を作り、全国の人々に育つことを知っていただき食べていただきたいと思います。

【アサクサノリ復活報告】

2004年11月10日東京湾にアサクサノリが復活しました。ここに報告させていただきます。
4年目にしてやっとアサクサノリが蘇りました!

【採苗】


□2004年9月20日
熊本のたから製網に委託してあったアサクサノリの糸状体カキガラ2000枚が到着。
当日水温18度海水にて冷却開始。
□2004年9月23日
スサビノリより2〜3日早く殻胞子の放出ピークを迎える。
□2004年9月24日〜27日
水温は21.9℃沖合い半ズボ筏にて採苗開始。
6人で合計枚数156枚の網を採苗終了。
100倍視野50〜300個着生確認後に支柱柵へ順次移動。

【育苗】

金萬の場合:ヒヤリングのデーターから真水がよく回る久津間漁場に一番近い支柱柵3柵をアサクサノリ用に行使。
□2004年9月16日〜育苗開始
海苔の育苗方法は各自『手癖』が有り、この3年の失敗と30年〜40年前まで養殖を行っていた老漁師からのヒヤリングで得た心得は『昔の方法で育ててください』と言う指導のみ。
金萬の場合スサビノリより2段『約30cm』高く張り込みました。
育ちは棚が高い影響によりスサビノリより育ちは遅かったのですが、肉眼視まで順調に育つ。

↑台風22号の影響で柵荒れる

←高水温と曇天にてアオノリ繁殖


□2004年10月〜
長雨後、台風22号の大雨・強風にてアサクサノリを育てる支柱柵が荒れる。小櫃川堰開放にて河川氾濫真水の状態が約3日続く。その影響にて多くの海苔芽の脱落を確認。
例年より約2度の高水温・日照不足にて経過しスサビノリも含めて状況は悪くなってきました。
干出しても雨の日が多くアオノリが大繁殖してアサクサノリの芽多く脱落。
□2004年11月
金萬:アサクサノリの網すべて撤去。失敗に終わる。他3名も網を撤去。2名が数枚冷凍網として保管。
1名のみ岸側(2号)柵にて順調に育つ。

【生産】


□2004年11月10日
設立発起人の一人井上通さんが1柵(網6枚)で3000枚のアサクサノリを生産。
その後12月10日まで3回摘みました。この時の漁場の状況は最悪でした。スサビノリは例年より味も香りも少なく生産も揚がりませんでした。そんな状況で井上氏がアサクサノリを生産したことは今後のアサクサノリ復活計画としては良いデーターが取れました。このデーターはここでは公表しません。ただ言えるのは忠実に昔の養殖方法を再現できた井上さんだから生産できたと思います。

約40年ぶりに東京湾で生産された海苔の食味の感想〜色も艶もスサビノリより劣るけど、『甘みが強い!』『昔食べた記憶のある旨味がある』『甘みがいつまでも口の中に残る』『炙ると鮮やかな緑色になる』と上々でした。今年の状況でこれだけの味が出たのはアサクサノリと言うアマノリの特徴だと思います。ただ残念だったのは想像した食感とは多少違った事です。順調に育てば、『サクッ』と言う食感が味わえると信じます。

□2004年12月30日現在
設立発起人の石川金衛さんが冷凍保管したアサクサノリの網を育てはじめました。
リアルタイム報告(BBS)
1月〜2月と生産されました。
今後【芽代わり】と呼ばれるアサクサノリの網の変化等も研究課題となりそうです。

【今後の展開】

『食べたい』から始めたアサクサノリ復活計画で念願かなって食べることが出来ました。
そこから2つの可能性が見えてきました。
ひとつは地場ブランドできる美味しい海苔!
もうひとつは、東京湾の環境を考えた再生への道。

この海苔の業界ではある先生達が水産関連の指導を行っています。そのような先生達の方向性からスサビノリになり、大型機械化・大量生産へと導かれました。その方向性は決して間違った行為ではありませんでした。安定した生産が出来るようになりました。しかし、結果として小規模の漁場では健全な漁家経営が困難となり多くの海苔養殖者が海を離れていきました。
流通業者が喜ぶ海苔『ロスの少ない厚みのある、黒くて艶のある海苔』を大量に作れる強い生産者のみが残る。
『美味しい海苔!を作りたい』と言う職人肌の漁師は消えていきました。消費者の声『美味しい海苔が食べたい!』が生産者に届かなくなりました。そんな状況から(海苔離れ)を引き起こしたと考えられます。
海苔には甘みがあり香り豊かだという事を今一度消費者の人に解っていただきたい。その為にもアサクサノリは役立つと考えます。又、海外(中国・韓国等)から海苔の輸入自由化も近くなってきました。そんな時生き残れるのもこのアサクサノリともうひとつ進めている天日で干す海苔だと確信してます。

問題も有ります。
1:アサクサノリは漁場を選びます。何処で作っても美味しいアサクサノリが出来るとは思えません。遠浅な干潟が残る漁場で真水が注す支柱柵漁場がベストと思います。
2:病害に弱いアサクサノリで安定した生産が可能か?・・・これから数年の研究で可能性は見えてくると思います。
3:今の海苔の等級(色艶形)で決められる共販システムではアサクサノリの評価は難しいので、新しい漁通システムを確立する。
4:アサクサノリの同定はDNAにて決められます。しかし、漁師の多くは市販されている糸状体に書かれている『アサクサ系』と言う名を見ただけでアサクサノリと勘違いしています。見た目では不可能に近い状態です。それをどのように差別化するかも課題のひとつです。

私達が行っているアサクサノリ復活は時代を逆行しています。東京湾から生まれて育った海苔養殖の技術をもう一度見直すことで東京湾にアサクサノリが蘇りました。そこには日本の豊かな食文化も垣間見ることが出来ました。江戸前で失った本物の海苔の味を同じ東京湾内のここ盤洲で作りブランド化を図れればと思います。
『この海苔なら10枚1000円で買っても惜しくない!』と言う丹精込めた海苔作りを行い評価を得たいと思います。

もうひとつ・・東京湾の環境面からもアサクサノリの復活は重要だと思います。
東京湾には連続した干潟が存在してましたが埋め立てによってほとんどが消えてしまいました。
江戸前と呼ばれる海も消えてしまった中で、ここ木更津の干潟は未だに広大な浅場と自然海岸を残します。消えていった江戸前の味はここで引継ぎ、将来の東京湾再生(干潟再生)の道しるべとして重要だと思います。アサクサノリに続くのはハマグリ・アオギス・シラウオ等々東京湾から消えていった生き物達を蘇らせる事で豊穣な東京湾再生の足がけになるはずです。その為に、今のアサクサノリの復活を継続しながら、絶滅危惧種と指定されたアサクサノリを東京湾内でひっそりと残っている可能性のある天然種を見つけ再び養殖して見ようと考えます。
計画として以前海苔養殖が行われていた東京湾内の河口域に面した浜に竹ヒビを建ててみようと思います。
将来、人の手で埋め立てられた干潟に変わる人口干潟で海苔養殖が蘇る事が本当の東京湾再生と考えます。

今後も専門家と言われる人達から疑問と批判を受けると思います。
私は当初からアサクサノリ復活など無意味と言われて軽視され非難を浴びたのも事実です。
まだまだ構想の【初めの一歩!】の段階です。
専門家・先生方が批判するこの計画も現場で毎日海に出る私達が独自で計画して実証するしかありません。
自分達の生活を変えるのは自分達だと思っています。
次の世代にこの東京湾を引き継ぐ為にも!今後も継続した活動をしたいと思います。

今回の報道記事】

PDFファイル400KB
□ 2004年11月28日 東京新聞1面カラー【幻のアサクサノリ復活】

PDFファイル343KB
□ 2004年12月7日 朝日新聞夕刊 1面カラー【復活アサクサノリ】

PDFファイル333KB
□ 2005年2月12日 読売新聞朝刊 2面(顔欄にて紹介)

その他ラジオ・テレビ・雑誌で紹介されました。
□ 2004年12月 「新千葉新聞」
□ 2004年12月 「Bay FM」
□ 2005年1月 「SAPIO」(小学館)
□ 2005年1月 「FENEK」(講談社/三推社)
□ 2005年1月 「週刊新潮」(新潮社)
□ 2005年1月 「野村邦丸のごきげん!二重丸」(文化放送)
□ 2005年1月 キッズニュース(テレビ朝日系)
□ 2005年2月 情報誌「TOKYO PORTAL SIGHT」(国土交通省・東京港湾局)
□ 2005年3月 テレビ朝日系列スーパーJチャンネル
□ 2005年4月 浜美枝のいつかあなたと(文化放送)
□ 2005年4月 広報誌「三井グラフ」(三井グループ)

多くの人に私達の活動が紹介されたことに感謝いたします。

2005年〜06年報告
5年目もNPO法人盤州里海の会にて6名でチャレンジも全員失敗に終わりました。
詳しくはブログ
絶滅危惧種アサクサノリ復活計画2005!にて報告

2006年〜07年報告
6年目にしてやっと全員が生産に成功する!
詳しくは→
こちらのページとブログチャレンジ!アサクサノリ復活計画 2006!にて報告です。

ブログはクローズにして参加者のみ観覧できるようにしてリアルタイムで更新していきました。今後は一般公開してまいります。
2007年以降はNPO法人盤州里海の会を離れて一般消費者の方々が食べられるような新しい体制を整えて継続生産を行う予定です。今後ともよろしくお願いいたします。

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