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![]() □ 浅草海苔ってなに?・・・江戸の時代に、江戸の海品川近辺で海苔養殖が始まり、紙漉(かみすき)にヒントを得て海苔を四角に(全形)薄く加工するようになりました。 名前の由来は色々ありますが、東京の浅草門前市で売られた始めた事からの命名と思われます。その当時から1960年代までは東京湾から有明海まで養殖されているのは浅草海苔でした。 私の指す浅草海苔は、【アサクサノリ】と言う原種の海苔です。 □ 現在は、ほぼ100%【スサビノリ】と言う原種の海苔です。 □ 【アサクサノリ】と言う原種は2000年の環境庁発行のレッドデータブックにて"絶滅危惧T類"と判断されました。アサクサノリの生育地である内湾などの河口に広がる干潟が減少したのがその主な原因と考えられます。また、【アサクサノリ】の特徴は、色が赤め、海苔が柔らかい、病害に弱い等で、養殖にはあまり適さないと考えられています。海苔は黒くて艶があるモノが高級品とされ高値で取り引きされます。そのような理由から【ナラワスサビノリ】になり、【アサクサノリ】は養殖されなくなったのです。 □ 【アサクサノリ】は環境の変化と共に絶滅に近づきます。江戸時代は東京湾の千葉富津海岸から東京海岸〜神奈川羽田海岸に掛けて全面遠浅でアサクサノリが生息できる干潟の岸には葦がはえ、河川からは森林の栄養豊かな水が流れ生き生きと群生していたのでしょう!防波堤、工場建設による埋め立て開発により、ほとんどの干潟が消えて無くなりました。
□ 江戸の昔から食べられていた江戸前の浅草海苔を食べたいと思いませんか??
![]() □ 千葉勝浦の『海の博物館』研究員の菊地 則雄氏からアサクサノリのフリー糸状体『熊本河浦町採取種』を譲り受けました。 □ 2001年2月15日フリー糸状体を貝殻に蒔きつけ、平面式にて糸状体培養開始。 □ 2001年7月 順調に育つ。 □ 2001年8月 猛暑にて殻胞子形成後の管理不足で殻胞子死滅にて失敗。 □ 総括:この時点での失敗は糸状体培養の甘さでした。スサビノリ培養に慣れで、アサクサノリも同様に考えていた時点で失敗でした。
![]() □ 今年も菊地則雄氏からアサクサノリのフリー糸状体『熊本河浦町採取種』を譲り受けました。 □ 2002年3月 昨年の失敗を踏まえて、『財』千葉県水産振興公社 富津事業所』に糸状体培養を委託しました。 □ 2002年9月 アサクサノリの胞子放出が確認後に採苗開始。 □ 2002年9月 網72枚に胞子着生(100倍視野にて10〜30ヶ)確認後、支柱柵へと展開し育苗開始。 □ 2002年10月 葉体長5mm程度、肉眼視にて生育確認。 □ 2002年10月 水温横ばいにて海況悪化・・・芽脱落。 □ 2002年12月 その後も生育ならず、失敗と判断し網をすべて撤去。 □ 総括:10月の水温横ばいにてスサビノリも大打撃を受けたのですが、それよりも弱いアサクサノリはいち早く生育に反応して芽の脱落をおこしました。採苗後、肉眼で海苔芽を確認できたのは収穫ですが、その後の育て方、使用したアサクサノリの原産地が東京湾でないことなどに問題が有ることも考えらました。
□ 2003年6月 佐賀県芦刈『佐賀有明あさくさのり研究会』に育て方について勉強に行く。 □ 2003年4〜8月 昭和20〜30年代にアサクサノリを育てていた地元老漁師に育て方、管理について聞取り調査。 □ 総括:『佐賀有明あさくさのり研究会』に伺って勉強になりました。ここでは10年の歳月を費やし、アサクサノリを復活させ、ブランド化しビジネス展開してきました。会の基本方針は、(佐賀有明の支柱漁場を守る)(純粋なあさくさのり(品種)を養殖して、のり本来の育て方と味を追及する)今後、佐賀と千葉の協力体制を約束。 地元では、70歳代のアサクサノリの養殖を体験する数名の老漁師に、盤洲の浜に合う育て方を教わる。
![]() □ 2004年1月 熊本天草にアサクサノリ自然種採取に行く。【報告ページ】 □ 2004年1月 採取したアサクサノリを原藻から糸状体培養(500枚)開始 □ 2004年2月 多摩川河口にアマノリ調査。【報告ページ】 □ 2004年2月 『佐賀有明あさくさのり研究会』からのアサクサノリ(天草採取後フリー糸状体保存種)と福島松川浦採取のアサクサノリ(菊地氏採取種)2種を『たから製網』に糸状体培養を委託しました。 □ 経過報告:今年はここ3年の失敗を踏まえて、3種類のアサクサノリを試験します。 1:熊本天草から採取したアサクサノリ。 2:有明海で成功している『佐賀有明あさくさのり研究会』からのアサクサノリ 3:初めての北から南に『福島松川浦』のアサクサノリ これらを、里海の会設立メンバー6人程度で試験します。その後も『盤洲からの経歴を持つアサクサノリも現存する』と言う情報も入りました。今後も調査・試験を続け、ここ江戸前の海東京湾で、日本一究極の美味しい海苔を作り、全国の人々に育つことを知っていただき食べていただきたいと思います。 【アサクサノリ復活報告】 2004年11月10日東京湾にアサクサノリが復活しました。ここに報告させていただきます。 【採苗】
□2004年9月20日 熊本のたから製網に委託してあったアサクサノリの糸状体カキガラ2000枚が到着。 当日水温18度海水にて冷却開始。 □2004年9月23日 スサビノリより2〜3日早く殻胞子の放出ピークを迎える。 □2004年9月24日〜27日 水温は21.9℃沖合い半ズボ筏にて採苗開始。 6人で合計枚数156枚の網を採苗終了。 100倍視野50〜300個着生確認後に支柱柵へ順次移動。 【育苗】 金萬の場合:ヒヤリングのデーターから真水がよく回る久津間漁場に一番近い支柱柵3柵をアサクサノリ用に行使。
□2004年10月〜 長雨後、台風22号の大雨・強風にてアサクサノリを育てる支柱柵が荒れる。小櫃川堰開放にて河川氾濫真水の状態が約3日続く。その影響にて多くの海苔芽の脱落を確認。 例年より約2度の高水温・日照不足にて経過しスサビノリも含めて状況は悪くなってきました。 干出しても雨の日が多くアオノリが大繁殖してアサクサノリの芽多く脱落。 □2004年11月 金萬:アサクサノリの網すべて撤去。失敗に終わる。他3名も網を撤去。2名が数枚冷凍網として保管。 1名のみ岸側(2号)柵にて順調に育つ。 【生産】
□2004年11月10日 設立発起人の一人井上通さんが1柵(網6枚)で3000枚のアサクサノリを生産。 その後12月10日まで3回摘みました。この時の漁場の状況は最悪でした。スサビノリは例年より味も香りも少なく生産も揚がりませんでした。そんな状況で井上氏がアサクサノリを生産したことは今後のアサクサノリ復活計画としては良いデーターが取れました。このデーターはここでは公表しません。ただ言えるのは忠実に昔の養殖方法を再現できた井上さんだから生産できたと思います。 約40年ぶりに東京湾で生産された海苔の食味の感想〜色も艶もスサビノリより劣るけど、『甘みが強い!』『昔食べた記憶のある旨味がある』『甘みがいつまでも口の中に残る』『炙ると鮮やかな緑色になる』と上々でした。今年の状況でこれだけの味が出たのはアサクサノリと言うアマノリの特徴だと思います。ただ残念だったのは想像した食感とは多少違った事です。順調に育てば、『サクッ』と言う食感が味わえると信じます。 □2004年12月30日現在
【今後の展開】 『食べたい』から始めたアサクサノリ復活計画で念願かなって食べることが出来ました。 この海苔の業界ではある先生達が水産関連の指導を行っています。そのような先生達の方向性からスサビノリになり、大型機械化・大量生産へと導かれました。その方向性は決して間違った行為ではありませんでした。安定した生産が出来るようになりました。しかし、結果として小規模の漁場では健全な漁家経営が困難となり多くの海苔養殖者が海を離れていきました。 問題も有ります。 もうひとつ・・東京湾の環境面からもアサクサノリの復活は重要だと思います。 今後も専門家と言われる人達から疑問と批判を受けると思います。 【今回の報道記事】
その他ラジオ・テレビ・雑誌で紹介されました。
詳しくはブログ【絶滅危惧種アサクサノリ復活計画2005!】にて報告
詳しくは→【こちらのページ】とブログ【チャレンジ!アサクサノリ復活計画 2006!】にて報告です。 ブログはクローズにして参加者のみ観覧できるようにしてリアルタイムで更新していきました。今後は一般公開してまいります。 |
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