盤州里海の会〜東京湾の変遷

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東京湾の変遷

高度成長期に東京湾の干潟埋立
(昭和30年代〜40年代)

盤洲干潟漁業フォトグラフ
豊穣の浜(昭和30〜40年代)

干潟消失 アマモ場減少
漁業者の減少 海苔養殖漁場・アサリ漁場の減少
家庭排水により富栄養化 赤潮発生〜青潮へ
工場廃水による汚染 魚の奇形・油くさい魚・魚種の変化

東京湾の干潟埋立


(写真集木更津袖ヶ浦の昭和史から)

昭和20年後半から40年代、多く存在した東京湾の干潟は高度成長期とともに、埋立て・干拓されました。
埋立てられた干潟の上には、日本の経済を支える企業・工場が立ち並びました。
そこでは多くの人々が潤い、多くの家族が支えられています。



遠浅な干潟は埋立てるには都合の良い地形でした。
図の様に、沖合いの土砂を掘り浅場を合理的に陸地化出来たのです。
しかし、干潟にはたくさんの生き物達が東京湾を浄化していたのです。
この様な干潟が消失したことにより、この干潟でしか生きられなかった生き物達は消えていきました。
又、埋立てられた干潟の上には多くの工場が立ち並び、そこから出る排水によって汚染されていきました。


干潟消失〜漁業者の減少

埋立てによって明治時期から比べ東京湾の干潟は9割が消失しました。
高度成長期には、埋立ても加速し、干潟で海苔養殖・貝獲りで生活していた漁業者は漁場をなくし、漁業を辞めざる得なくなったのです。
昭和28年時には千葉県内湾だけでも43団体の漁業協同組合が存在しましたが、平成15年の現在は主に15団体を残すばかりです。
昭和26年から約20年間に17,368人の漁師が漁業権を放棄して丘に上がっていったのです・・・

漁業者には地元の浜に対して漁業権と言う権利を与えられていたのですが、その漁業権を放棄する代わりに補償金が与えられました。
東京湾漁業者の歴史は、この補償金によって衰退したとも考えられます。
「俺達の浜はいつ埋立てられるんだ・・早く補償金もらって漁業やめて楽しよう」と言う声が大半でした。
しかし、自分達の浜を愛し、「続けたい!」と言う漁師が多くいたのも事実です。
こんな歴史の中で、「息子はサラリーマンにする。」と言う声が大半で後継者が育たない浜が今もあります。
現在は終身雇用が崩れ、徐々にですが浜に戻ってくる後継者も出てきました。


排水による富栄養化から赤潮発生〜青潮へ

東京湾に隣接する工場が増え、そこで働く多くに人々が隣接する住宅地に住むようになると、家庭からの生活排水は河川を通り東京湾に流れ出します。
しかし、埋立てによって干潟が消失して、浄化する力を失った東京湾は富栄養化へと進みました。

富栄養化から・・・

家庭排水など(リンや窒素などを含んだ洗剤や薬品などの垂れ流し)

植物プランクトン異常繁殖(植物プランクトンは窒素やリンを食べて繁殖)

赤潮発生(晴れた春から夏に発生しやすく、植物プランクトンが異常繁殖し海面が赤褐色に変わる現象で、魚介類のえらをつまらせたり酸欠状態にします。)

貧酸素水塊発生(夏から秋にかけて発生しやすく、植物性プランクトンの死がいが埋め立てによって掘られた穴の海底に蓄積して、これを分解するために微生物は多くの酸素を消費し酸素が極端に少ない水塊の事です。生き物にとっては死の海です。)

青潮発生(その青潮が、北・東の強風により表層の海水が沖に向かい、それを補うように底にたまった貧酸素水塊が浅瀬に押し寄せてきます。色は青っぽい乳白色です。)

魚介類死滅(酸素をほとんど含まない青潮が浅瀬に押し寄せると、そこで生活するアサリ・バカガイ他の貝類、カニ類は逃げられなく死滅してしまいます。)

その他にも、アナアオサが富栄養化された海には異常発生します。アナアオサが海底一面を覆うと海底はヘドロ化し底生生物 は死滅し、異臭を放ちます。

アマモ場減少



東京湾では盤洲、富津・三番瀬・横須賀市走水ほかを残すのみになっています。
2004年現在で、ここ盤洲干潟では
写真のコアマモの群落「アサリ漁が出来ない海域」以外に水深2mの沖合いにアマモを含め少し残すだけです。
埋め立てにより、浅瀬が少なくなり砂地の海底が減り、富栄養化によってプランクトンが増え海水の透明度が低くなり光合成の必要なアマモはこの30年間に100分の1へと減少しました。
アマモの繁殖は、東京湾にとって大きな役割を持っています。
アマモ場では、近年少なくなったクロダイ・マコガレイその他の稚魚が育つ「生き物のゆりかご」なのです。
その「ゆりかご」の減少により、東京湾の魚は汚染に強い魚(スズキ・ボラなど)以外は年々少なくなっています。

アマモと漁業の問題
魚を捕る漁業者には必要なアマモですが、海苔養殖者にとっては厄介な代物なのです。
アマモが繁殖すると、アサリ漁で掘り起こしてしまいます。その掘り起こされたアマモは流されて海苔網に絡みつきます。(初摘み時期の11月頃は多くのコアマモ絡みつきます)
近年は異物除去機の開発に伴いアマモの除去は可能なのですが、コアマモの除去は100パーセントとはいきません。
そのアマモが海苔製品に混入すると「E等級」となり、異物混入とみなされて相場が安くなったり売り物にならなくなります。しかし、東京湾全体を考えたら海苔養殖者もアマモ繁殖を真剣に検討しなければなりません。


海苔養殖漁場・アサリ漁場の減少


海苔養殖場の減少
干潟の消失により、漁場が減り、養殖者が減り、海苔養殖場が減りました。
減ったことにより、海藻の浄化作用「海苔の成長に栄養塩(窒素とリン)が欠かせない」も減りました。
海苔養殖者が減ることは、アマモ・アサリが干潟を浄化しているように海苔養殖者も浄化の役割を担っているのです。

アサリ漁場の減少
海苔同様に、アサリの漁場も減り、アサリが産卵をし、幼生として東京湾を浮遊してもたどり着く干潟が少なくなりました。又、アサリ(2枚貝)は植物プランクトンら(有機物)を餌として育ち、窒素を吸収し海をろ過してます。
1個のアサリが『1リットル/1時間』のろ過効果があるそうです。

これらの減少で東京湾の浄化は遅くなり、間に合わない状態へと変わっていきました
東京湾の再生への道は無くしたモノを出来る限り再生し、生活排水に気をつけることもひとつの道とも考えます。干潟の恵み、東京湾の恵みで多くの人達が漁師を通じて体にミネラル、栄養を吸収し健康を保つのです。今一度、東京湾の変貌を考えてみたいものです。


工場廃水の規制


地球環境保護の高まりと共に、工場廃水の規制が厳しくなってきたおかげで、昭和40年代の東京湾では多く見られた奇形魚や油臭い魚は近年は見当たらなくなりました。
しかし、タンカーによる油流失等々まだまだ東京湾を汚す原因は多く存在します。

今後は、干潟の保全も含め新しい埋立ても無くしていかなければ、東京湾が浮かばれないと思います。
得たモノも大きいですが、失ったモノも大きいのです。
二度と同じ過ち?を繰り返さないように、みんなで考えて活動していきたいですね。

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