 NPO法人 |
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 その昔、東京湾では今以上の生物の多様性がありました。 現在失われた生き物を復活させるにはどうしたらよいか?・・豊かだった東京湾を再生するには何が必要か? その為に何をして何を考えたらよいのか・・・
里海の会では、『アサクサノリ』 『ハマグリ』 『アオギス』 『その他』等の復活を見据えながら長期的な展望で活動していきたいと思います。
更新情報: 佃煮屋から考えるハマグリ〜2004年8月6日アップ 盤洲干潟のハマグリ比較〜2005年8月13日アップ |
『脚立釣り』と言う東京湾の初夏の情緒ある風物詩を知っていますか? 江戸時代から昭和43年頃まで東京湾の遠浅な干潟で、アオギスを釣る為に海に脚立(7尺〜10尺)を立て込み、静かにアタリ待つ、人と海(自然・生き物)との繋がりが強い人気の釣り方でした。
現在東京湾では『シーバスゲーム』と呼ばれるスズキ・フッコをルアーで釣って遊ぶ釣り方が盛んですが、アオギス・脚立釣りの魅力は、『特徴は、魚の当たりが微妙であわせにくいところ。針に魚がかかる引きがとても強く、糸が水や空気を切る音でピシューと鳴ったものです』『とにかくものすごい引きなんです。』談・・・ 20cm前後と小さなアオギスですが、今のシーバス以上に釣師を虜にしたようです。
昭和30年代をピークに釣場は東京から千葉側(浦安・船橋〜木更津・君津)へと移り、昭和43年袖ヶ浦でこの風物詩も終焉を迎えました。 アオギスが消息不明になっていった原因は、埋め立てによる水質汚染と生育場所の干潟消失によって餌とする底生生物(ゴカイ・2枚貝等)のダメージにより、それを捕食するアオギスは生活できなくなってきたと考えられています。 高度成長期と共に失われていった魚と風物詩です。
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■アオギスの形態
色模様:やや青味ががる。 ヒレ:腹ビレとシリビレ前部が黄色味がかかる。第2背ビレに明瞭な黒点が並ぶ。 側線有孔鱗数:78〜82枚 側線上方横列鱗数:7〜9枚 生息環境:汽水域から内湾・沿岸の水深10mまでの砂底・砂泥底に生息。 |
アオギスはかつて東京湾をはじめ、伊勢湾(三重県)、和歌浦(和歌山県)、吉野川河口(徳島県)、別府湾・豊前海(大分県)、宇部市厚東川河口(山口県)、北九州市沿岸(福岡県)、吹上浜(鹿児島県)などに生息していましたが、現在は、豊前海(大分県)周辺のみに生息が確認される程度となりました。
千葉県のレッドデータブックでは、「消息不明・絶滅種」とされ、水産庁のデータでは『絶滅危惧種』です。
アオギスが今の東京湾で戻る可能性が有るとしたら・・・ 砂質地の遠浅な干潟、ここ盤洲干潟しかないのでは! 盤州里海の会では、人と自然の繋がりが強い、『アオギスの脚立釣り』をもう一度この浜に取り戻すことを念頭に置きながら活動していきたいと思います。
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平成13年度 第1回特別展 『アオギスがいた海』 編集・発行:浦安市郷土博物館 関係者様のご好意により、画像・文章の引用・転写させていただきました。 この本の問い合わせ等は、浦安市郷土博物館へ |
縄文時代の貝塚からも多く出土されている東京湾のハマグリですが、現在東京湾のハマグリは絶滅されたと言われています。
しかし、今でも上の画像のようなハマグリが、小櫃川河口から前浜にかけた漁場では毎年数個獲れます。 昭和40年代まではここの浜では多くのハマグリは水揚げされていました。 はたしてこのハマグリはどのような経過をたどって生息しているのでしょうか? ここで獲れるハマグリは交雑と言う説も有りますが、「ハマグリは・・交雑はしない」と言う説も有ります。
【ハマグリの種類】 ■ ハマグリ【在来種・内湾の淡水が入る塩分の低い砂泥底に棲息】 ■ チョウセンハマグリ【在来種・外洋に面した砂地に棲息】 ■ シナハマグリ【移入種・中国。朝鮮半島からインドシナ半島にかけての沿岸域に棲息】
市場に出回るハマグリと呼ばれ販売されている90パーセント以上は輸入されたシナハマグリです。 国産ハマグリとして売られているモノは、鹿島灘・九十九里で獲れる外洋性のチョウセンハマグリです。 潮干狩場で獲れるハマグリは、ほとんどが輸入され撒かれたシナハマグリです。 東京湾でかつては獲れていたハマグリは熊本で少量水揚げされる程度となってしまいました。
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【ハマグリの比較】
■ 左から、東京湾で以前獲れたハマグリ/シナハマグリ/盤洲干潟で獲れるハマグリです。
形を見ると、明らかに違いが解ります。ただ、ここで獲れるハマグリは中間の形なのです。 |
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■ 左から潮干狩場に撒かれているシナハマグリ/盤洲干潟で獲れるハマグリです。
シナハマグリにはハマグリに比べると光沢はありません。
ここで獲れるハマグリには光沢があります。 |
昭和30年代になり高度成長期となり多くの干潟が埋められて工場が建ち並びます。 生息していたハマグリは環境の変化に着いて行けず年々水揚げが無くなっていきました。 現在ではこの浜のハマグリは水揚げされません。 豊かな海の象徴だった本ハマグリは消え、現在のアサリの水揚げへと変わって行ったのです。
近年の日本では、アオギス同様に絶滅と瀕していますが、各地で稚貝放流等で対応していますが、なぜハマグリがいなくなったのか?そこらをきちんと整理して、今後東京湾に戻ることが出来るのかを探りながら復活への道を模索していきたいと思います。
【備考サイトページ】 琉球大学山口正士教授の【ハマグリは絶滅の危機に瀕しているのだろうか】(ぼうずコンニャクさんの生き物交換雑記から)
□老舗佃煮屋『かねたつ食品株式会社』から考えるハマグリ・・・2004年8月6日UP
□盤洲干潟のハマグリ比較!・・・2005年8月13日UP
 ↑クリックで大きな画像 どちらも同じ浜で見つけ、大きさもほぼ同じくらいの7cm前後のハマグリです。 左は平成17年7月25日に実施した干潟探検で浦安の今井さんが偶然見つけたものです。 右は平成17年8月11日にアサリ漁で私が獲ったものです。 一見同じ蛤に見えますが、よく形を見ると違うのに気が付くと思います。 左のハマグリのほうが左上の一辺が長いのです。東京湾近辺の貝塚から出土する殻の形状にかなり近い形です。右のハマグリもシナハマグリではないのですが多少丸い形状です。この形は毎年この海域では数個採取していましたが、左の形のハマグリは漁業を始めて初めて獲れたと思います。(確認していないので推測です) 絶滅したと言われる東京湾のハマグリですが、このように育つ海域があるということは事実です。ただ、このハマグリがどのような履歴から定かではありません。右のハマグリは西日本のハマグリが放流されて幼生が流れ着き着底し育ったと言われています。しかし。この左の東京湾独特の形のハマグリが見つかった事は今後のハマグリの海を目指すには光明となりました。 |
■ 干潟で遊ぶ子供達
私達が子供の時代は、ここら一帯は遊びのフィールドでした。 青空高くさえずるヒバリを頭の上に、ミミズを探し、ゴカイを掘って釣りを楽しみ、堤防に流れ着く軟式野球ボールを拾い集め田んぼで野球をし、カキを焼いて食べては腹を壊していました。
いつも泥だらけ・・傷だらけ・・「スタンドバイミー」が耳に聞こえるような遊びばかりでした。 海が、干潟が危険地帯と呼ばれるようになり子供達も干潟には近づかなくなり、テレビゲームでシュミレーションをして楽しむ様になり、痛みを忘れ、生き物とのふれあいを忘れ、「生き物の命を奪って人間は生きる」事すら忘れてしまっています。人間に一番必要な、一番大事な『生命の尊さを知る』を失ってきました。
里海の会ではそんな子供達を呼び戻すのも重要な活動と考えています。 人が変えてしまった東京湾は、人が復活させなければ誰がやる?・・・長い年月がかかろうとも・・・
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