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里海=SATOUMIを語ろうとするとき、わたしには忘れえぬ人がいます。香原知志君(こうはら・ともゆき。故人)です。今回は、新しい年のはじめにあたって、わたしと香原君との東京湾をめぐって語り合ったことについてお話ししてみようと思います。
○「生態系」と「里の海」の思想
里海。陸上の土地所有の世界には「里山」という言葉があります。山を海に入れ替えた「里海」という言葉を考えてみることにしましょう。
わたしが知る限りでは、ことばとして「里海」を使ったのは、1999年から約1年あまり東海大学の広報機関雑誌「望星」で、香原知志さんが連載執筆した「里海を歩く」が最初ではなかったかと思います。香原さんは、サイエンスライターとして『生きている海
東京湾』(1996年・講談社刊)を書き、これからの活躍を期待されながら、前記「里海」連載の取材途中交通事故で亡くなられてしまったのです。
わたしは、「東京湾」の本が出たあと、執筆意図をインタビューして記事にしたことがありました。
浜に生きる「海という宝物のことを書きたい」
http://www.manabook.jp/hama15kouhara-tomoyukisan.htm
香原さんは、「東京湾」のあとがきのなかで、しきりに「生態系」ということばを使っていることについて質問したとき、「森と生きもの、そして人々の暮らしのつながりをずっと取材をして『ホタルの里』という本を出しましたが、里山ということばがあるのに、海には、それに匹敵することばがないことに気づいたんです。東京湾の自然の恵みを糧にしながら暮らすいろいろな人を取材しながら、生態系というと自然を指しているように思う人が多いですが、自然とともに一緒に暮らす人もはいっているんですよ。いま、漁村ということばを使わずに、ちょうど人と自然の生態系のつながりを意味している「里山」を海の生態系のことを考えに入れて、「里の海」あるいは「里海」ということばにおきかえて、海沿いに暮らす漁師さんやいろいろな人から取材を進めたいと思っているところなんです」と、答えてくれました。
わたしの取材ノートの片端に残る「里海」ということばに、わかりやすい自分のことばで語ろうというライターとしてのオリジナリティーを強く感じましたが、彼の遺作となった短編のルポルタージュの記事の中では、さらに突っ込んで「里海」を表現するスペースなどなかったのもいたしかたないことでした。彼の才能が次々と刺激的な海と人とのつながりについての斬新なアイデアあふれるメッセージをわたしたちに伝えてくれるはずでした。なんとも残念というほかありません。
しかし、最近になって、香原さんの「里海」ということばが、海と海辺を考える人々に使われはじめるようになって、彼が言わんとしていた漁業や海で暮らす人々と市民とを結びつける社会の向うべき方向が、少しずつですが整理されてきました。どんな海沿いの環境にしていったらよいのか、自然と人との折りあいの付けかたという観点からの、よりよい関係づくりを考えようとする動きがでてきたように思います。
元来、里海ということばは、誰が言い始めたとか、そういう性質のことばではありません。農業や林業や漁業という自然を相手に生業(なりわい)を続けてきた人々が中心になって形づくられてきたムラに焦点をあてるだけで、農林水産業の経済や社会を理解することのできた時代なら、山村や農村や漁村というモノカルチャー的な用語と概念だけですんでいたのです。ところが、ムラからこうした農林漁業を生業とする人々が離れ、逆にマチにすむ人々の働く場が作られ、サラリー稼ぎの人々とがまじりあったマチのムラに変化をしてくるのが日本全国でふつうに起こってくるとどうでしょうか。
このようなマチのムラでは、これまでは、生産を行い利を生む土地や海や共同で利用する入会地を、昔からすみ続けてきたムラの人々だけが、所有し、管理し、利用していれば、ムラの外から来る人々に気を使ったりすることもなく、ムラビトたちが守ってきたルールによって秩序が保たれて、たいがいはトラブルも起きなかったのです。
しかし、こうしたムラに住むようになったムラの外からやってきたマチびとや、遊ぶ目的でムラにやってくる人々にとっては、そのムラに残された自然風景やマチからは消えてしまった動植物や清浄な空気や水というモノが、憩いや心に潤いを与えてくれる“自然”そのものとして受け入れらるようになるのです。
ここに、自然と人との関係を客体化した概念としての「里山」(SATOYAMA)ということばが生まれ、「里海」SATOUMIのことばが、価値や意味をもって生まれてきたということなのだと思います。
あとで、触れることになりますが、金萬さんたち漁師さんにとってみると、「環境」や「自然」ということばは、「なじまないし、嫌いだっぺ」というように思う背景があるのだと思います。香原君は、「生態系」という学的な、あるいはマチビトの使うことばを使わずに、海や海辺を生業の場としてくらす人々も違和感を持たず使え、しかも自然と人とがうまく折り合いをつけながら位置付けられる海と海沿いのムラの概念として「里海」を想起したのではないでしょうか。 |